■日本ロケット協会稲谷会長の連載(ロケットニュースNO.567より)

 
日本ロケット協会 会長 稲谷 芳文 


宇宙のまがり角(4)
 
 ダイダロス計画というのをみなさん知っておられると思います.これは恒星間飛行宇宙船で,核融合パルスエンジンというのを使って光速の10%まで加速してとなりの太陽系まで50年かけていこうというものです.イギリスのBIS(英国惑星協会)で,後で出てくるアランボンドというおじさん(当時はおにいさんでしょう)がチームを率いて1970年代にやったスタディです.このころ世の中は冷戦下で行われたアポロの時代で,私がこれに初めて接したのは我々が学生の時の80年ころだったと思いますが,米ソの月の競争の時に大英帝国の末裔達はそういうことを考えていたのかぁ・・とか,ダイダロスそのものは無人の宇宙船ですが,もしこれが有人で,例えば地球に住めなくなって太陽系を脱出する時の乗り物であれば,どういうことになるんだろうか・・故障したらどうするんだろうかなぁ,50年の宇宙旅行は世代も変わるわなぁ,学校や病院はどうするんだろうかなぁ,地球の全員は行けるのかなぁ・・などといろいろと想像力を膨らませたものです.

 前回までの続きに戻ります.80年代にいわゆるスペースプレーンというコンセプトをレーガンが出してきて云々,とは前回お話しました.日本でもスタディが始まったと言いましたが,HOTOLというロケットというかスペースプレーンのコンセプトが,やはり80年代中頃のこれらと同じ時期にありました.これも英国ブリティッシュエアリスペースとロールスロイスの提案で,一段式完全再使用(SSTO),空気吸い込みエンジンとロケットエンジンを融合させた空気液化エンジン(LACE)の形式で行こう,というもので,アメリカはスクラムのNASP,ドイツはオイゲンゼンガーのターボエンジン2段式方式,などのこの頃の他のコンセプトに比べてユニークなものでした.このコンセプトも他のスペースプレーン構想と同様に90年の頃にはなくなってしまいましたが,このチームでもさっきの話のアランボンドというおじさんが重要な役割を果たしていたのです.

 SKYLON?なんじゃらほい?と私が知ったのは3年ほど前でした.世界的にいわゆる宇宙輸送の将来は混沌として,90年代までのような将来に向けた活動はかなり下火になった状態が続いてきたとは前回までに少しお話ししましたが,ほほーぉ,まだやっとるヤツらがおるのかい?と思ったら,またアランボンドでした.今度は彼がリアクションエンジンズ社という数十人規模の会社を作って,ESAを通じて英国政府から資金を得てやっているのだそうで,上のHOTOLのコンセプトをより洗練して,LACEエンジンの発展版のような感じのSABREエンジンでやっている,やはり単段式スペースプレーンです.米空軍などを別にすれば,システムレベルも含めてやっている空気吸い込みエンジンの活動としては今となっては異例で,プロモーションもなかなかスマートにやっているようです.一貫して,エアアディション,SSTOのコンセプトを追求している様子は,他のいろんな輸送系の将来に向けた研究開発の活動が挫折したり,頓挫したり,システム形式や方式をうろうろ変えたり,と漂流する人が多い中で,実現性の程度は別にして,ブレないでやっているのは大変立派なものと思います.そのせいで応援も多いのでしょう.

 さてアランボンドのおじさんです.ダイダロスと後のふたつの仕事は,内容は全く異なります.どれも実現していないと言う共通点以上に,なんだかその精神のような所で共通なことがあるような気もします.私は個人的には彼を知りませんが,なにやら世の中にないものをあらしめよう,という類の人なのだろうなぁ,と勝手に想像しています.他の多くの宇宙の仕事は,今ややった個人の名前で語られることなく,次から次へと,スタートはするが,生まれては消え,途中までやっては投げだし,と繰り返して,誰がやったのかも忘れられるのが実際で,そんな中で数少ない人の名前で語られるプロジェクトのひとつでしょうか.人の名前で語られるロケットというのは,チオルコフスキーとかゴダードとかオーベルトとかはまあ理屈や実験のことで名前がついていて,実際にロケットを作った人ではセルゲイコロリョフとフォンブラウン,最近ではバートルータン.まあ我らが糸川先生もそのカテゴリでしょうかね.飛行機の世界ではライト兄弟からちょっと違うがハワードヒューズくらいまでいろいろでしょう.知識が少ないので大事な人を忘れてるかも知れません.

 世の中が進んで宇宙の仕事が成熟する,ということは,ある意味でその始め方から,やり方や飛ばし方まで,どんどんできあがった世界もしくは手順が決まった世界の仕事になって,人の個性や名前で仕事をする場面の少なくなるプロセスではあります.一方で宇宙のプロジェクトのような大きな仕事をきちんとやるには,システムエンジニアリングという客観性と合理性と説明責任の世界の仕事にしなければならない,となってきちんとやる方法が確立する代わりに,どんどん個人の顔の見えないサラリーマンの仕事になっていく,との論もあります.この辺の話にもなんだかいろいろな「宇宙のまがり角」が含まれているように思います.


(次回に続く)

バックナンバー
第1回 宇宙のまがり角(1)
第2回 宇宙のまがり角(2)
第3回 宇宙のまがり角(3)
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