前回は糸川先生がどういうリーダだったか,あるいはどういうリーダやチームを理想と考えていたか,と言うことについて勝手な想像を含めて考えてみました.引き続き今回は,ものごとのスピードと言うことについて考えてみます.
糸川先生がペンシルに始まる日本のロケットを考え始めたのは,1954年で,東大を去って組織工学研究所を設立して,宇宙の現場から退場したのは1967年.従って糸川先生が,宇宙の仕事やロケットのことに関わっていたのは「12年余り」だったと言うことです.まあこの12年が長いのか短いのかです.
詳しくは他に書かれていますが,その12年間にやったことをざっと並べてみると・・・55年にはペンシル発射実験,IGY(国際地球観測年)で観測ロケットスタート,道川で打ち上げ実験開始,ベビー,カッパ,内之浦宇宙空間観測所開設,能代ロケット実験場開設,ラムダ,ミューへと大型化,その間日本ロケット協会創設,国際学会(ISTS)立ち上げ・・・と言う感じで,詳しく書かなくても,めくるめく,いっぱい,次々,と言う感じでしょうか.この間飛ばしたロケットは200機を超えています.日本初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功したのは,先生が去ってからさらに3年後です.
全て,我々の世代が関わる前ですから,聞いたことから想像するしかありませんが,まあ今と比べるとそのスピードはとんでもない世界ですね.さてその間現場は,ただロケットを上げることに忙殺されていただけだったかというと,実はそうでもなくて,当時の論文やシンポジウムの講演集などを見ると,次の時代を見据えた惑星ミッションや電気推進,原子力推進などをはじめ,新しい宇宙ミッションのアイデアや構想の多くは,その頃既にいろいろと考えられ,手がけられ,発表されたりしていました.この辺の話はまた別の機会に書こうと思います.
この時期の外の世界を見るとやはり米ソのアポロに至る有人飛行や,月の競争,1961年のケネディの「within this decade is out・・」から69年に月着陸まで,と言う,ここでもものすごいスピードで物事が動いていた時期の前後とまあ重なります.こちらのドライブは言うまでもなくいわゆる米ソの「冷戦」です.
さて,ふとこの糸川12年が今だったら,と考えてしまいますが,今にいたる直近の12年を考えると,2000年から今までですから,我々の周りではもうH2AやM−Vはもう出来ていました.惑星探査も既に始めてました.その後の新しいロケットの開発はイプシロンを除いてありません.この12年間で何か大きな意味で変わったことがあったかと考えると,まあISSが出来ました,ですがこれらは,もっとずーっと前のモノができあがっただけで,何か新しいことが始まったわけではありません.その他は,それこそ新しいことは,ゼロではありませんが,一部の例外を除いて何も始まっていないわけです.
よく言われる失われた10年云々と糸川12年は,それこそ比べるべくもないのですが,この差はなぜかと考えると,やはり宇宙の仕事を取り巻く環境の変化,宇宙活動自身が成熟したこと,どんどん規模が大きくなって行ったこと,バブルの崩壊,右肩上がりの終焉・・色々ありますが,当時はそれこそ規模の小さいことも相まって,世の中の勢いに乗って,即断即決,即座に実行,と言う環境でしょうか?とにかく,現場としてはゴチャゴチャ言わずに次々やる,の世界です.
転じて,ものごとにスピードのない世界とはどんな世界かというと・・・だいたいの集まりでは,みんなで明日何をやるか,毎日議論しましょう,とか,やることがないのでロードマップを10年かけて考えましょうとか,モノをつくるとお金がかかるので,パワポを作りましょう,とか,なにかやりたいというのが出てきたら,やらない理由を考えることにかけては天才的な人ばかり,本当に今決めなかったら手遅れというぎりぎりまで意志決定をしない,結果として考える場合の数がいつまでも減らないので消耗する・・・そういう状態でみんなのエネルギを回収不能な熱に変換する装置が我々の職場である・・・なんて言うのが今の世界だ,と言うことはないですよね.
糸川先生のいた12年というのはなんと密度の濃い時間だったことでしょう.それに続く90年くらいまでも含めて,程度の差はあるものの,事情は同様かも知れません.どの辺りから様子が変わってきたか,とそれはなぜかが問題なのでしょう.ともあれ,12年という時間は,それを実行するチームがあって,リーダがいて,世の中がそれを許す環境があれば,ゼロから初めて,何もないところに(人工衛星を打ち上げる仕掛けを作るくらいの)物事をあらしめることが出来る,と言う時間であった,と理解すべきなのでしょう.
今月以上
バックナンバー
第1回 宇宙のまがり角(1)
第2回 宇宙のまがり角(2)
第3回 宇宙のまがり角(3)
第4回 宇宙のまがり角(4)
第5回 宇宙のまがり角(5)
第6回 宇宙のまがり角(6)
|
|
Copyright (C) 2006 Japanese Rocket Society.
All rights reserved. |
|
|