■日本ロケット協会稲谷会長の連載(ロケットニュースより)

 
日本ロケット協会 会長 稲谷 芳文 


宇宙のまがり角(14)
 

観光丸の話をもう少し続けます.

「燃料供給はタンクとエンジンの組み合わせごとに複数かつ独立の系統を持つこと」「それだと重くてロケット上がらないですが」・・・「地上で非常事態になったら90秒間で乗客の全員が機外に逃げられること」「ええー?高さ50mですけど・・」「乗客何人?」「50人?」「ちょっと無理です」・・・「あほー,そんなことでロケットにお客さんを乗せられると思っているのかぁっ!」と鳥飼さん.科学とか研究とか言って無人のロケットしか飛ばしたことのないロケット屋が,人の命を預かる飛行機を開発した先達に怒られてる・・の図.観光丸の耐空性検討研究会で. 航空機の耐空性審査要領(T類:旅客輸送用航空機)に相当するものを一般大衆の宇宙旅行のための輸送機に対して作ったらどういうことになるか,がテーマです.

機体の技術的な検討は前回述べたマーケットリサーチに基づいてロケットベースのSSTOを1機50人乗り,60機を毎日運航するフリートを作れば年間100万人の輸送を実現できる,と行きました.この宇宙船に「観光丸」という名前をつけました.「光を観る」です.観光丸は,幕末,勝海舟の時代に日本で始めて帆船でアメリカへ渡った咸臨丸などと同時期にオランダで作られ,海軍伝習所で士官要請のために使われた訓練船の名前です.ここから日本の海軍がスタートしたのだそうです.ともあれ観光丸の運行は今のロケットの頻度や規模からすると桁違いの世界です.「そおかあ,1日60回か,とんでもないな,羽田は一日何回だっけ?800回?じゃあ大したことないか・・」研究会の議論はそんな感じでどんどん進みます.

さて今のロケットの成功率はまあ95とか98%とか言われています.良くても100回に1回と言う頻度で失敗する世界です.観光丸の運行では1日か2日に1回墜落で50人死亡,と言うことになります.世の中に受け入れられるはずがありません.そのためにはまず安全です.飛行機の世界と同じでそれでは宇宙旅客輸送機の安全基準を作ろう,と言うことで,「耐空性」に代えて「耐宙性審査要領を作ろう」と言うことになりました.「これでは性能的に成り立たない」「液体水素ですよ」「じゃあ人を殺してもいいのか」この辺からは鳥飼さんの出番です.普段使い捨てのロケットしか飛ばしたことのない我々にとっては再びとんでもない世界で全てが新鮮です.冒頭のやりとりはこのあたりのことです.我々がやっているその後の再使用ロケットなどの仕事にはこの辺りの議論や故障許容という考えが大きく影響しています.

次は運用性と事業性です.ここら辺から90年代の後半にさしかかり,オペレータである日本航空や全日空の皆さんに加えて,航空安全の大御所で全日空OBの船津良行先生に研究会に参加していただき日本航空協会とロケット協会の共催という形で議論を進めました.エアラインのバランスシートなどというのに接し,「そーかあ,借金してロケットを買ってワンフライトあたりいくら返済,とやるのかー」などと飛行機や普通の乗り物の世界では当たり前の世界を宇宙の人間は全く知らないのだなあ,と思い知らされることの連続でした.地上にあるヒコーキは一銭もお金を生み出さない,とか,飛行機の世界でターンアラウンドタイムと言うことが如何に大事な設計要求であるか,などと言うことをロケットの世界にどう焼き直すかと言うことをみんなで一所懸命考えました.このあたりの観光丸の安全や運航や事業性から法制度にわたる検討結果などについてはそれぞれ報告書が日本ロケット協会から出版されていますので詳細はこちらをご覧下さい*.

観光丸の仕事は,要するに我々にとっては目指すべきロケットの次のゴールがどんなモノであるか,を具体的に示すことでした.「エアライン型ロケット」と言う言葉も出るくらいに,税金を使ってやるいまの宇宙の仕事のやり方とは全く違う世界を作らないと,桁違いの世界はできてこない,ということと,宇宙の世界に閉じこもって,研究だ,性能だ,と言ってるのでは全くダメで,乗り物として世の中に受け入れられるためには何が必要か,と言うことを抽出するための仕事でした.観光丸の勉強会を通じて,日本の偉大な先輩達に接し,大きな刺激を受けることができてとても良い時間でした.またパイロットのみなさんを含め航空協会の皆さんともいろんなおつきあいをさせていただいて感謝しています.観光丸のあぶり出したもの,とは結局今のロケットのような古くさいことをやっていては,大きな意味で世の中は進歩しない,ということでした.

今にして思うことは,最近アメリカで実現しようとしている有人弾道飛行やその後の2点間輸送などと比べて,観光丸の仕事は,さらにその先の先くらいを結果としては考えていたのだなと思います.FAAなどでやっているライセンスの仕組み作りや安全確保のスキームなどのこともかなり先取りしていたと思います.観光丸の仕事では長友先生は脇役というか裏方に廻って,磯崎さんや鳥飼さんにお願いしてやっていたのですが,実際のところ,長友先生とやっているとなかなか先生の頭についていけなくて,とろいことばかりの落ちこぼれなのですが,そもそもが世の中の進歩の何倍も先を行っているので,それについて行けなくても,他よりは十分進んでいたものではある,と言うのが実感です.20世紀から21世紀への曲がり角の意味では,これをどう曲がるかと言うよりも,曲がった先の遙か先の突き当たりのあたりを考えていたのではあるなと思います.進むべき方向を示すとはそう言うことなのでしょう.

*:以下に観光丸関連出版物リスト.購入などは庶務理事,編集理事までお問い合わせください.

 

日本ロケット協会 宇宙旅行・観光丸関連報告書・講演集

書名 編集 発行年 販売価格
(円)
宇宙旅行用標準機体「観光丸」設計報告書 運輸研究委員会 1993
1994
2200
宇宙旅行用標準機体「観光丸」開発・製造費用報告書 運輸研究委員会 1995
1996
2200
エアライン型ロケット実現への課題
ロケット研究シンポジウム(第1回〜第4回)講演集
学術委員会 1998 1200
見えてきた宇宙旅行実現のゴールとハードル 宇宙旅行事業化研究委員会 1998 1365
商業宇宙輸送のための法制概念 民間輸送用法制研究委員会 2000 2100
垂直離着陸型宇宙旅行機の安全性基準に関する検討報告書 運輸研究委員会 2001 2300
旅客輸送宇宙船に求められるものは?
ロケット研究シンポジウム(第5回〜第6回)講演集
学術委員会 2001 1200

"Special Issue on Space Tourism," Journal of Space Technology and Science, Japanese Rocket Society, Vol. 9, No. 1, 1993

"Special Issue on Space Tourism, part 2," Journal of Space Technology and Science, Japanese Rocket Society, Vol. 10, No.2, 1994



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第1回 宇宙のまがり角(1)
第2回 宇宙のまがり角(2)
第3回 宇宙のまがり角(3)
第4回 宇宙のまがり角(4)
第5回 宇宙のまがり角(5)
第6回 宇宙のまがり角(6)
第7回 宇宙のまがり角(7)
第8回 宇宙のまがり角(8)
第9回 宇宙のまがり角(9)
第10回 宇宙のまがり角(10)
第11回 宇宙のまがり角(11)
第12回 宇宙のまがり角(12)
第13回 宇宙のまがり角(13)
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