■日本ロケット協会稲谷会長の連載(ロケットニュースより)

 
日本ロケット協会 会長 稲谷 芳文 


宇宙のまがり角(15)
 

ANAやJALのようなエアラインの運航する飛行機に乗るような方法で宇宙旅行が出来るには,と言うことで,運航する機体のみならず,地上のインフラや事業の形態や,安全の基準や法制度まで含めて,どういう仕掛けを作って,どうすればよいかの考察が,観光丸の仕事でした.いわゆる20世紀的な,「衛星」という「高価な電気のハコ」を打ち上げて行う,という現在の宇宙利用の世界から,21世紀的な宇宙の利用への転換をどうやって起こすのかという問題です.

即ち新たな輸送需要またはマーケットと言う桁違いに大規模な宇宙活動の世界が出来ることが,この転換を起こすためには必要である,ということと,もう一つは今の一回で捨てているロケットを,航空機の運航のような,その寿命の間に何千回,何万回も飛んでモトを取るというような,これも桁違いの輸送コストダウンをもたらすための仕掛けが必要である,と言うことです.このための大きな開発投資を正当化することがなかなか困難であるために,現在の宇宙輸送あるいは宇宙開発利用の質的量的拡大を妨げているのであって,要するに輸送の需要としての宇宙開発利用の飛躍的な増大と,ロケットの技術の進歩の両方を起こすこと抜きに,世の中を前に進めることは出来ないのである,と言うことです.

仮に一桁の輸送コストの低減が起こせたとして,輸送の需要がそのまま変わらなければ,その事業を行う運営会社は,その売り上げが単に一桁減るだけですから,このコスト低減の営みに取り組んで,大きな投資をするインセンティブが働くはずがないのです.かなりの部分を税金で行う,と言ういわゆる官需に依存する宇宙開発の状況では,国の税収が伸びない現在の西側先進国や日本のようないわゆる成熟した社会では,今のような国主導の宇宙利用の程度が高い状態であって,この状況を打開するのはとても困難なことのように思えます.

それでは国主導でない輸送需要のムーブメントは起こせるか?と言うとどうでしょうか.前にも述べましたが90年代にシャトルの次を考える段階で,新たな(ここでは敢えて21世紀的と言うことにしますが)輸送需要として,発電衛星や一般大衆の宇宙旅行などが需要として定量化されたのですが,未だにその動きはまだまだ「ハナシの中」の世界から抜け出せていないように思います.今議論されているH2ロケットの後継機であるいわゆる新型基幹ロケットやイプシロンロケットの今後は,現在の世界のマーケットのキャプチャーという期待を担って話されていることはとても大事なことですが,さらにその先の質的量的に異なる需要の飛躍的拡大の世界を生み出すモノではありません.これはヨーロッパにおけるアリアンの今後や,NASAのSLSという大型次期ロケットの世界でも同様です.再びですが,国主導の宇宙輸送では,世の中を未来に向けてごろんと転がすのは困難なのだ,と言うことです.

「将来輸送系=ユートピア」論,を言う人がいます.宇宙輸送は,他の航空輸送や地上の輸送と違って,航空機的な大量高頻度の繰り返し運航は,永遠に実現することのないユートピアのようなもので,であるが故にたどり着こうと努力をする人間的営みはみんなやるのだし,止める事もないのだけれども,決してたどり着けないのである,との論です.ユートピアかアルカディアかエルドラドか,とはもう少し深い意味があるようですが,ここでは単に理想の実現した状態、くらいの意味で使います.ロケットの開発の歴史の中の今の断面だけを見ると,確かにたどり着けていないことは事実なので,我々としては,今は少々旗色が悪くて,人に批判されたら,そう言わざるを得ないのかも知れません.

ただし,ここはみなさん大いに反論しましょう.やるべき事は,要するに,上に書いたことの裏返しで,輸送の需要の飛躍的かつ桁違いの増大と,ロケットの技術の進歩の両方を起こせば,事は起こせると言うことです. 航空機的運航の可能なロケットは要するに軽量化や推進性能など技術の程度の問題であって,原理的な問題などどこにも存在しないこと,マーケットの問題は,要するに宇宙空間を使って金儲けをする事が出来る仕掛けのことであって,これも原理的に出来ない理由はどこにもないのですから.原理的に不可能でないことは投資さえあれば必ず実現されて,投資がなされるかどうかは,それが真に必要かどうかだけのことです.まあ敢えて問題と言えば,一足飛びに二桁ダウンの世界に飛び込むことが困難なことであって,段階的な発展をしたいのだが,それぞれのステップの発展段階で経済的にペイする世界が作りにくいので,最初の一歩も踏み出せていないのだ,ということでしょうか?

いや最初の一歩は結構な大規模でシャトルが突破しようとしたのだが,もう退役してしまって後が続いていない,のが実際でしょう.シャトルのもたらしたもの,の考察はこの連載のはじめの方で既にしましたので繰り返しません.要するに次はシャトルの反省も生かして,どこから突破しにかかるか,でしょう.即ち,問題はユートピアと言うたどり着けない場所探しでも何でもなくて,城攻めや,要塞陥落と同じ図式で考えればよいのだと思います.歴史の教えるところによると,城や要塞というクラシックな永久築城は,容易に陥落できるのであって,我々の置かれた状況や問題設定をこのように捉えれば,複数の切り口でこれに迫る活動があり得ると思いますし,実際に動いていることもあるのだと思います.ただし,先ほどから書いているように,国の宇宙活動のように税金を使ってこれこれをやる,と言う形ではなくて,民間が独自投資でやる世界では,公表すれば他人に先にやられますから,本気でやっている人は本来ペラペラ人に話したりしないのが本当のところかも知れません.紙面が尽きたのであとは次回に.

今月以上



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第1回 宇宙のまがり角(1)
第2回 宇宙のまがり角(2)
第3回 宇宙のまがり角(3)
第4回 宇宙のまがり角(4)
第5回 宇宙のまがり角(5)
第6回 宇宙のまがり角(6)
第7回 宇宙のまがり角(7)
第8回 宇宙のまがり角(8)
第9回 宇宙のまがり角(9)
第10回 宇宙のまがり角(10)
第11回 宇宙のまがり角(11)
第12回 宇宙のまがり角(12)
第13回 宇宙のまがり角(13)
第14回 宇宙のまがり角(14)
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