■日本ロケット協会稲谷会長の連載(ロケットニュースより)

 
日本ロケット協会 会長 稲谷 芳文 


宇宙のまがり角(17)
 

ロケットニュースの紙面を拝借して「宇宙のまがり角」について書いてきました.宇宙活動の全体を俯瞰するには不十分な,また歴史を追うには断片的な話しになりました.振り返ってみると,宇宙の仕事の全般について,我々の周りで起きていることなどを通して,草創期から,ある種の成熟や発展を重ねて仕事のやり方が固まってきたこと,物事が成熟して,大きく,時間がかかるようになっていること,50年という時間の経過の中で,世代交代のことや,プロジェクトなどを牽引するリーダとその年齢のこと,ものごとのスピードのこと・・・などなど私の経験したことを含めて書いてきました.どの話題についても,草創期から20世紀の終わりくらいにかけて,と,その後では,いろんな意味で様相を異にしていることがたくさんあるのですが,これらを,すべて「まがり角」と表してよいものかどうか分かりません.よい方向への変化ばかり,とは思えないことも多いです.

少なくとも言えるのは,ワープロもなくて,パワポもなくて,メイルもなくて・・・の時代の仕事は,ときにもっとスピード感よろしく,もっとノビノビとおもしろおかしく,ときにもっと本質的なことだけを,やっていたよなあ・・と思います.情報を伝える道具立てが進歩することと,リアルワールドで物事を起こすスピードとは無関係かあるいは逆に作用するモノではある,と言うのが実感でしょうか?むしろ進歩しない方がよかったのか?あるいは別のせいか,一体何でこうなるのでしょうかね?

こういう環境の現在にあって,宇宙の仕事のやり方が,一方で,システムエンジニアリングの手法という,客観性と合理性を装うツールの「下僕」となって,説明責任恐怖症症候群の人たちが,社会からの要請に基づくふりをするツールできちんとやるべきカテゴリの仕事と,これとは別に強いリーダシップと自由な発想のもとに挑戦的にやるカテゴリの仕事との峻別がされて,税金でやるか否かにかかわらず,目的や規模や内容に応じて,多様な仕事の実行方法が機能していることが大事なのだと思います.

これらに加えてロケットの今後のことについても書いてきました.結局は宇宙輸送の発展については「シャトルは退役したがソユーズはまだ飛んでおる.さてこれが何を示しているか?」ということが象徴的に現在のものごとの状況を表している,と言えるでしょうか.

将来輸送系??そんなモノは必要ないのである,との論に,税金を使ってロケットの研究をやりたいロケット屋がいくら必要だと言っても,信じて投資してもらえるほど我々は世の中に対して信用がないのである,と知るべきなのです.それではどうするか,と言うところで,最近の民間の宇宙旅行や再使用化に向けたいろいろな試みは,少なくともこれまでにないやり方で行われている,と言う意味で,税金の論理ではできないことができる可能性があることがひとつ.それから,やってる連中は先のマーケットが確かに予測できているからやっているのかというと,ある種のリスクを覚悟した投資のセンスでやっている,あるいは単に人がまだやってないから,なのでしょう.グーグル始め,他の例を見るまでもなく,今は存在しないマーケットを生み出すとはそういうことなのだと思います.本格的な軌道との往復と言う宇宙輸送に至るには様々なハザードがまだまだありますが,これらの動きに期待しましょう・・・といっていてはダメで,こっちも自分でやらないと行けません.「The best way to predict the future is to invent it (Alan Kay)」です.

ロケットのこれからの発展を過去の飛行機の発展との相似で議論する,の論もあります.飛行機の最近の進歩は,エンジンのバイパス比を大きくしたり,複合材で機体を軽く作ったり,高温材料の進歩でエンジンの効率が上がったり,などですが,結局は発展の妨げは,騒音やソニックブーム,排ガスのオゾン層破壊とかの環境問題などと言うところから来ているようにも思います.第二次大戦後の航空輸送の一般大衆化は,何によって支えられたかというと,結局は今の大量高頻度輸送の世界の仕掛けとは,安全性の確保と運行技術のおかげであって,最近ではLCCなどというのも出てきて,飛行機が地上にいる時間を極力短くすることで,飛行あたりの運行費用の大幅低減,マーケットの拡大,大量高頻度輸送の実現,と言うかたちで好循環の図式に持ち込めたからでしょう. 結局,宇宙ではシャトルでできなかった輸送技術の進歩とマーケットの拡大の好循環の図式をどうやって作るかを示せばよい,という切り口が提示されているのだと思います. もちろん性能向上や軽量化のための技術革新も同時に必要ですが,このあたりに攻め口があるのだと思います.

他方で,究極には人類のサバイバルを考えると宇宙のスケールで物事を考えざるを得ないのは明らかですが,今からそれに備えるか,というと,まあそれはNOで,そうしている内に手遅れになるのは,まあ人間のやることとしてはありがちなことでしょう.でもそれを危機と煽って,今そのためにロケットの開発をしましょうと言っても,さあちょっとね,ではあります.

なんだか「まがり角」の議論は,進むにつれて結局は,宇宙やロケットのことと言うよりも,世の中のことを論じていることになって,私の守備範囲を超えることを知るプロセスでした.特に,成熟した社会での宇宙への投資の動機,とか,リーダー論からチームビルディング,情報化社会での物事のスピード,人類のサバイバルのこと・・・などなどです.まがり角の総括もうまくできませんが,世の中の進歩と接して宇宙の仕事の未来もあるのだと書いて,このコラムを終わりたいと思います. 2年間おつきあいいただいて有り難うございました.

乗り継ぎ待ちの巨大空港で次々と降りては飛んでいく飛行機を見ながら,さてロケットもこうならないものかと思いつつ,連載終了,とします.



バックナンバー
第1回 宇宙のまがり角(1)
第2回 宇宙のまがり角(2)
第3回 宇宙のまがり角(3)
第4回 宇宙のまがり角(4)
第5回 宇宙のまがり角(5)
第6回 宇宙のまがり角(6)
第7回 宇宙のまがり角(7)
第8回 宇宙のまがり角(8)
第9回 宇宙のまがり角(9)
第10回 宇宙のまがり角(10)
第11回 宇宙のまがり角(11)
第12回 宇宙のまがり角(12)
第13回 宇宙のまがり角(13)
第14回 宇宙のまがり角(14)
第15回 宇宙のまがり角(15)
第16回 宇宙のまがり角(16)
Copyright (C) 2006 Japanese Rocket Society. All rights reserved.